銀行員に多い悩み(キャリア・転職編)

こんな方に読んで欲しい
  • 現在就活生
  • 将来銀行志望
  • 現在銀行員
  • 近い将来転職したい

 

こんにちは、静岡ジャイアンです。
今日も、元銀行員(法人営業)の僕が「銀行員に多い悩み(キャリア・転職編)」というタイトルで、赤裸々に語りたいと思います。

僕は約3年前まで銀行員として、働いておりました。
今では着る機会も減りましたが、毎日スーツを着て会社に行っておリました。

今では信じられないわ(笑)

ジムミ

ドラマ(小説)の半沢直樹の世界のように・・・切っても切り離せない距離に常に数字(成績)という存在をつきまとわせ、金融営業(渉外担当者_法人営業)の世界で約5年間働いてきました。

毎日の様に上司からは・・・

または支店内では

・「融資売ってこいー!」

 

・「預金(残高)取ってこいー!」

 

・「収益を上げてこいー!」

 

etc…

常に数字のノルマを言い渡されては、数字だけを追う生活を続けてきました。。。

 

 

今振り返ると、なんであそこまでできたのか??

不思議に思うくらい当時は支店や自身のノルマ(張られた数字)の為にひたすらに営業を繰り返し契約を決めて数字を求める生活をしてきました。。

手前味噌ではありますが、僕は生まれ持っての真面目な性格を取り柄に(笑)毎日革靴の底やスーツが擦り減るくらい(⇦本当は過度な太り過ぎ・・・が原因

取引先や新規開拓先にあの手この手を使って片っ端からペコペコ回っては、営業を繰り返す日々を送っておりました。

なので、年々成績(銀行員で言うところの”数字”)は上がって行きました。支店を自分が回しているんだという少し勘違い的な当時の若気の至り的な面も垣間見せながら、日々自分なりに頑張っておりました(笑)

 

社会人になり銀行に勤めてからはずっと営業畑で育ってきた私ですが・・・正直入る前からこの環境はイメージできておりました!!

営業職というのは、得意な人もいれば勿論苦手な人もます。

きついと言われている銀行の営業職に飛び込んだのには理由があるのか?そもそも何故銀行員を目指したのか?


この章では、僕ならではの正直な感想を今日は説明してきたいと思います。それでは読み進めて頂けましたら幸いです!

 

僕が銀行員を目指した大きく分けると理由は5あります。

静岡ジャイアン

まずは簡単に箇条書きにしました!

まずは簡単に箇条書きにしました。
後ほど詳しく説明していますのでぜひ参考にしてみてください。

僕自身の理由もそうですが、周りの同僚にも何故銀行員を目指したのか?事前ヒアリングした上で参考になりそうな意見も追記させて頂きました。

[title=”銀行入社を決めた5つの指標”]
世間体を気にしたため(お堅いイメージ=信頼)
(3.0)
半沢直樹に憧れた(流行り企業=トレンドに乗りたかった)
(5.0)
幅広い知識が習得できると感じた(自身の成長)
(3.0)
体育会系の先輩の影響(活躍している先輩が多かった)
(5.0)
地域の方に恩返しができる(地方創生)
(5.0)

理由①:世間体を気にしたためお堅い堅実なイメージがあったから)

僕が銀行員を目指した第1の理由は、世間体を気にしたためです。
(一般的にはお堅い堅実なイメージがあったから)

小学3年生から大学4年生まで、野球の世界にどっぷり浸かって活動を続けていました。
僕は、毎日の部活の練習も忙しく試合も大学4年の秋シーズン(10月末)まで続いていたこともあり…(当時の僕は)就活については二の次で考えておりました。


僕の性格上、本気で取り組みたいことがあった時というのは…
どちらかを取捨選択して1つに絞り、絞った1つのことを自分が納得する形までやり遂げた後に、次のことに進んだ方がベスト。
今までの経験上このやり方の方が結果どちらもうまくいくことが多かったため、当時の僕なりに考えました。

「自分の性格上2つのことを同時に進めることは難しいな」、長年両親にお金の面でも苦労をかけて続けさせてもらった野球を最後まで真面目に取り組み、自分の納得する形で有終の美を飾ってから、その次の人生(就活)については考えよう、とメリハリを持って考えることにしました。

 

ですので…

殆どと言って良いほど、就活の準備というものは正直してきませんでした。

大学でも体育会系の部活でスポーツを続けてきた人なら分かるかもしれませんが、体育会系の就活というのはある種特殊で、僕の所属していた部活動ではOB・OGの先輩方が練習場を訪れては、企業やその企業の仕事内容の説明会を開いてくれる機会が定期的に定められ、その中で段々と応募先を絞っていくというのが歴史としてありました。

運よくも、就活はやらない(野球を引退してから)と決めていたにも関わらず、OB・OGの就活話を聞く機会というのは沢山頂きました。

大学生の夏頃までは、「真剣に社会人になっても野球を続けよう」と考えていた僕でしたが…大学4年生の夏の強化練習である事件(怪我)が起こりました。

事件発生・・・高校2年性の冬の出来事でした

高校2年生の冬に無理にトレーニングをしすぎたせいで腰痛を繰り返していた僕の体は、当時の強化練習でとうとう限界を迎え悲鳴ををあげることになりました…。

 

当時の僕の心境は、「このまま社会人で野球を続けても、ずっとこの痛い腰と付き合いながら野球をしないといけない。100%の力で野球を続けられないのであれば、大学4年生できっちり野球をやめて違う道に進もう」

と考え、急遽秋採用を募集していた銀行を1先だけ、受ける運びとなりました。

当時はとても不安でした…

1社だけしか応募はせず、たまたまその1先が運よく受かってしまった。
というのが僕の就職活動でのオチですが…そのため勿論自己分析や対策等々もままならずに…当時の秋採用枠があった銀行に応募をして、なんとか野球部時代に築き上げた経験や話をうまく銀行に繋げて面接をクリアしていったわけです。

当時の僕は、漠然としたイメージで

「銀行員は一般的にお堅い堅実なイメージがあるし、もし入社できたら今後の人生も安泰かな!給料も悪くないし。そもそも就活自体もダメで元々なので、もし受からなければ来年真剣にやり直そう」といった、今振り返ると本当に恥ずかしい、でも逆にその力の抜けた状態が自然体と見なされ面接では随分と面接官に気に入ってもらいました(手前味噌ですがwww)

 

浅はかなノリで入社試験を受ける運びとなり、運よく合格する運びとなりました。
(その時も秋採用で何百人?確か450人ほど受けて実際採用されたのが6人だったのかな。結構な倍率ですよね。。。)

今振り返ると、あの時どこも就職が決まっていなければ…当時の僕が自分自身を真剣に見つめ直せる時間が取れたのかな?真剣に1年自己分析を繰り返し、仮に入社ができた会社が銀行だったら、自分はもう少し退職をする時に躊躇したのかな…?と今振り返ると、人生は「あそこでこういう選択をしていたら?」とか「あの場面でこういう行動をとっていたら?」どうなっていたんだろう、と考えることが結構多くありませんか?

部活(野球)しかしてこなかった僕が。野球で結果を残しプロ野球選手になることしか見えていなかった僕が…どういう選択をしてどういう人生を歩んでいたのかな?と少し不思議には思えますが。その時にどっちに転んでいたかより、今の人生を何十年後かに振り返った時に、あの時の選択はこの選択で良かったなと真剣に思える様にしていきたいなとつくづくこの記事を書いていて思いますね。

理由②:TVドラマの半沢直樹に憧れたため

僕が銀行員を目指した第2の理由は、TVドラマの半沢直樹に憧れたからです。

ご存じの方も多くいらっしゃるとは思いますが、堺雅人さん主演の半沢直樹シリーズ。

日本の小説家で元銀行員の池井戸潤さんが書き記した大人気ドラマとなりました。
僕はこの半沢直樹シリーズにどっぷりはまってしまい、自分もこの様な厳しい世界で挑戦してみたいと思う様になってしまいました。そして銀行入社を希望しました。

(第一の理由に続き浅はかな理由でお恥ずかしいですが、このブログでは当時の素直な心境を書き記そうと思い書いておりますので、嘘偽りのない素直な内容を書いていきたいと思っております。。。)

大学4年生の僕は、部活でのストレスを解放するかの様に当時放送されていた月9ドラマの半沢直樹シリーズにどハマりしておりました。部活での練習が忙しい時も、必ず半沢直樹だけはTVの予約モードで予約をして、帰宅したら食事をしながら撮り溜めた半沢直樹シリーズを観るというのが僕のストレス解消方の1つでした。

半沢直樹の内容は、大人気俳優の堺雅人さん演じるバブル期に東京中央銀行に入行したバンカー・半沢直樹の戦いを描く物語。

堺雅人さん演じる半沢直樹が、東京中央銀行の子会社・東京セントラル証券へ赴任した後に起きたある事件を描くスペシャルドラマとして、名台詞「やられたらやり返す!倍返しだ!!」を残し、視聴率が鰻登りでした。

 

僕は田舎の出身なので、地元に上場企業ほどの大企業もなく、周りにいる大人たちの多くは建設会社に勤めているので常時作業着を着ていたり、漁師・畑仕事をしている人たちも多かったので、ジャージ姿で仕事をしている人達を目にする機会が多かったのです。

そんな影響のせいか、社会人になったらスーツをビシっと着こなして、常に眉間に皺を寄せて、仕事ができるオーラを醸し出し地元にはいない様な大人になりたい!と思い、ドラマの半沢直樹(堺雅人さん)を見れば見るほど惹かれて行きました。

自分も銀行員になり同じ様な環境で挑戦したいと思うようになり就職試験を受けたのでした。

理由③:どの業種にもつながる知識が習得できると感じたため

僕が銀行員を目指した第3の理由は、どの業種にもつながる知識が習得できると感じたためです。

やっと真面目な理由ですねW(お待たせしましたって感じです)

実は僕、実家が商売屋で商売屋の息子として育ったんです。
なので、家で仕事をしている両親や家族の姿を小さい時から長年見て育ってきました。
言い方は汚いですが、銀行ならいろんな会社(お客様)を見れる(勉強できる)ので、何か一つでも盗んでから家業に戻ってこよう。
そして祖父・父が頑張ってここまで大きくしてくれた会社を今よりも大きくしたい、とも思っておりました。自分が銀行で働くことにより、知見も深まるし将来家業に戻ってきた時にもその経験を活かせる
そして会社を大きくしていくことが日本の経済成長のためにもプラスになる!そう真剣に考えておりました。

ただ、僕の親父は非常に昔ながらの考えを持った男なので…銀行に入った時に言われた言葉というのは、
「お前の人生なんだから、お前が自分で選んで銀行に入ったんだったら、家業のことは気にせず銀行で頭取目指してこい。全身全霊で真剣に銀行で仕事をしろ」と言われました。(後々転職をする際にこの言葉が凄く心に引っかかっていたのですが、、。それはまた違う章でご説明します。)

そのため、僕は銀行員としてのキャリアを形成しつつ、(親父の言う通り縁あって入社した企業なので自分が納得するまで、もしくはもうこれ以上嫌と心底思うまで銀行で頑張ってみて)、もし戻りたいと思ったタイミングでその時に当初自分で掲げていた知識を習得できていたら思い切って実家に戻ろう、そう思って働くことにしました。

銀行で働く様になった僕ですが、銀行の仕事内容は至ってシンプルに仕組み化されていました。
大手企業であれば当たり前のことですが、誰しもできる様に(仮に人が辞めても替えの人間で補える様に、何も問題がなく対応できる様に)仕組み化されておりました。しかし同時に、営業担当者としては1先ごとに提案を変えて提案力が非常に強く求められる仕事だなとも感じました。

取引先1先ずつ…提案内容や銀行との取引内容は勿論違うわけです。
ですので、対各担当先を見た時には、各々業務内容は変わってくるわけです。
取引先の業種が同じであっても、借入金額も違えば社員数も違う。取引先から見たお客様への支払いフローや資金繰りなども100社あれば100通りあるわけです。
常に取引先を知る努力を繰り返しました。
結果、それがビジネスの視野が広くなり今までであったら気づかなかった事などにも気づける様になりました。

常に銀行業務だけに囚われず、広い視野で何事も俯瞰していくことが大事だなと感じました!!

理由④:体育会出身者で活躍している人材が多いイメージがあったため

僕が銀行員を目指した第4の理由は、体育会出身者で活躍している人材が多いイメージがあったためです。

上の理由でも少し書きましたが、僕は銀行に内定が決まる寸前まで野球でプロ(もしくはノンプロ)を真剣に目指して頑張っておりました。

毎年NPB(プロ野球)のドラフト会議は10月に行われるのですが、大学4年生の夏頃までは奇跡が起きてどこかのプロ球団のスカウトが「今年のドラフトで君のことを指名したいからプロ志望届けを提出してよ」と言われないか、真剣に祈りながら過ごしておりました。

僕が入社した銀行ではその年の新入社員(営業職のみ)同期は約150人程いましたが、正直誰にも成績では負けたくなかったですし、競うことについては全部1位を目指したいと真剣に思っておりました。

体育会系で培った負けん気の強さでしょうか?野球でプロにはなれなかったので、新しい道でプロになって実際にプロ野球選手になった友達に引けを取らない人生にしたいと思っていました。

僕が入社した銀行は割と文武両道で知られる高校出身の方が多くいました。小さい時から知っていた人もいたので、野球でも大学生の時は活躍されその後の人生も銀行で活躍している姿を見ることができました。実際とても刺激になりました。

自分と同じ様な境遇の人がいる会社はなんとなく居心地が良さそうな気がしました。僕も頑張ればこの様な先輩たちと同じキャリアが積めるのかな?今の僕のような、これからの後輩にも、仕事で憧れてもらえる存在になりたい。そう強く思い入社を決めました。

理由⑤:地域の方(お客様)に恩返しができると感じたため

僕が銀行員を目指した第5の理由は、地域の方(お客様)に恩返しができると感じたためです。

当時の僕はこうも考えておりました。

銀行という機関は、普通の人が普通に生活する上で絶対に携わる機関だと思ったので、自分が何か銀行に入り頑張ったり成績を残せば何かしらお客様の力になれるのではないか?

なぜ、この様な考え方を持つようになったのか、僕は自分なりに短い就活の時間で考えました。時は高校3年生の春まで遡ります。

僕、実は高校3年生の春に選抜甲子園大会に東京の代表で出場しました。

その時に田舎の地元の方々がたくさん応援に駆けつけてくれました。地元愛の強い地元の方々が、地元の高校ではなく東京の学校に通った半ば裏切り者の僕を、いくら甲子園に行くといっても、そこまで街の方々は歓迎してくれなのではないか?と考えておりましたので、とてもびっくりしましたし、とても嬉しかったです。大型バス7台をレンタルして甲子園球場にまで駆けつけてくれ、本当に沢山の方々に応援をして頂きました。その経験から、いつかは僕のことを思って応援に駆けつけてくれた今日のこの方々の為に何か形として残る仕事や成績を上げたいと強く願う様になりました。

甲子園での思い出は僕が銀行への入社を決める一番の決定打であったといっても過言ではありません。

以上が当時僕が考えていた「銀行を目指した際の5つの理由」です。
本当はもう少し考えていたはずですが、その当時の毎日つけていたノートを家の中から探すことができなかったので、何とか頭を振り絞り当時のことを思い出して当時の中でも特に強く思っていたことを5つ説明させて頂きました。

実際入社したかった銀行に入ってみると、(自分で望んで入社したとはいえ)良かったことばかりではなく・辛かったことも沢山ありました。

こちらは違う章で説明しておりますので、是非一読して頂けますと幸いです。

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