自己紹介(運営者情報について)

運営者情報

はじめまして。静岡ジャイアンです。
この度は本メディアにお越しいただき、ありがとうございます!!

当ブログは、ぼくみたいに若くして経営者として日々奮闘する若者、または将来起業したい若者や、今現在はサラリーマン1本だけど将来は何かしらのビジネス(副業)などもして、生活を今より豊かにしたい方などに向けて「有益な情報」をこまめに書いているわけであります!
Twitterでも同様の内容を発信しておりますので、チェックしてみてくださいね。
さて、ざっくり僕の人生の歩みを紹介する前に、僕自身は元々は銀行で働いておりました。そして、、、約5年間の修行を経て3年前に家業承継をして今は建設会社を経営しております。

ポイント

1991年・平成3年生まれ銀行を退職をした28歳の頃から副業を本格的に始め…今では本業(建設業)で稼いだお金は全て貯金に回し副業のお金のみを生活費にあて、日々生活しております。

静岡ジャイアン

下の図でも(自分のことを簡単にまとめてますが)身長がデカくて、少しだけ株の実績と希少価値が高い(銀行員→建設現場監督)経営者です!(笑)
僕について
顔面偏差値
(3.0)
身長のデカさ
(5.0)
ブログ歴
(1.0)
株の実績
(4.0)
希少価値
(4.0)
語学力(英語・中国語)
(2.0)
経営者力
(2.0)
< /section>

学生時代はというと、小学3年生から大学4年生まで野球を続けていました。手前味噌ですが、中学時代は日本代表として世界大会。高校時代は(春)甲子園大会に出場したりもして、割と真剣に野球は取り組んでおりました。甲子園ではチームメイトのおかげでベスト8まで勝ち進むこともできましたしね!
そのまま大学ではプロ野球選手を目指して、六大学野球に入学しました。そこでも野球を続け、大学四年生の時には、レギュラーにはなれませんでしたがベンチ入りを果たして、華の早慶戦も経験しました。その後、大学を卒業した後は新卒で銀行に就職しました。銀行業務を4年半勤めた上で建設会社へ転職をしました。転職活動をする際、外資保険会社、コンサル会社、金融機関、ITベンチャー、そして建設会社…なども受けておりましたので、リアルな体験談を交えながらお伝えしていきたいと思います!
参考 銀行員転職日記銀行員の転職経験記
平日は経営者として働きつつ。
副業(株トレード・アフリエイトetc)などもしながら、刺激的に楽しく生活しております。働くことも大好きではあるのですが、同時に自分の事業を積み上げていくこと(野球で培った負けず嫌いな性格も重なり)、こうして幾つかの複業にも取り組んでいるというわけです。

ぼくの好きなこと

僕は「自分が体験して、本当に役立つことを世に広めること」が大好きです。
人に教えて、え~!知らなかった、すげぇぇ!と言ってもらえるだけで嬉しくなります。


ですから、僕が体験して本当に良いと感じたライフハックを多くの方に向けて発信したいという思いで立ち上げたのが静岡ジャイアン」ブログとなっております。

以上に分けて、書き続けていきたいと思っております。

ぼくの人生

僕はつい数年前まで、キレイに敷かれたレールの上を生きていました。

それなりの中学・高校へ通い、エスカレーターで大学へ通い、そのまま銀行へ入社。その後は平凡なサラリーマン人生を歩んでいました。

そんな中、ノルマや規律が厳しい銀行の世界で働きながらも、安泰・安全・高級取りと世間からは言われ、実際の仕事は厳しいながらも私生活では(楽しい同期や仲間にも恵まれ)有意義に満足な生活を送っていました。

しかし、人生は一度きり!!

やはり自分のやりたいことにとことん挑戦しようと転職を決断しました。

人に使われるより人と協力して仕事や商売を大きくしていくというのが僕のモットーでもあり、夢でもありましたので。

幼少期

僕は静岡のとある町で生まれ育ちました。
小さい頃は、外で遊ぶことと習い事を繰り返していました。

  • 野球
  • 習字
  • 英語
  • 少林寺拳法
  • ピアノ
  • 生花

きちんと育ててくれた両親には今でこそ、とても感謝しています。
(静岡の田舎ということもあり、ヤンキーや半グレになりそのまま消える人も多いのでww)

今思い返すと、、小さい頃の環境って大事ですよね。
勉強(論理的思考力)や運動神経もこの頃に養われている気がしますしね。

学生期

学生時代は早い段階で親元を離れ、東京の野球の強豪校へ進学したこともあり1人暮らしをスタートしました。

「高校生から一人暮らしなんて早すぎない?」と思われますが、僕が入学した学校の野球部では寮がなく、地方から入学した生徒は親と学校の近くに引っ越しをしたりして、環境を変えての生活を強いられていた方も少なくありませんでした。ぼくの場合は父母とも仕事をしていたり弟妹もいたので、親と一緒に引っ越すことはできなく。

全くの一人暮らしでした。置かれた環境のためであったのか、この頃から「何でも1人でやる」癖がつきました。洗濯や掃除、勉強なども1人でコツコツとやることが当時から習慣付き、また僕自身も好きだったように思います。

勉強はほどほどに、野球に明け暮れた学生時代でした。
お陰で肌は真っ黒。もう少しケアしておくべきだったと本気で後悔していますがね。

銀行勤務期

僕は大学卒業後、銀行に営業職として入社しました。

銀行と言えば、常に大卒「人気就職したい企業ランキング」の上位に名を連ねており、僕自身多少ミーハーになっていた部分もあったように感じます。

大きなビジネスや取引先を担当できた一方、自由の利きにくい業種だった故、自分らしさを出すことに苦慮し転職を決意しました。

銀行で出会った同期や支店の仲間たち、さらには同業他社の戦士たちとの出逢いはこの上なく貴重なものになりました。しかし、当時の同僚たちには悪い気もしますが、今の仕事の方が断然自分にも合っていて、数百倍楽しいです。

建設業勤務期

銀行に4年半勤めた僕は、28歳のタイミングで転職を決断しました。

静岡ジャイアン

数万人規模の会社から数十人規模の会社へ転職したことを考えると、大きな決断をしたなと振り返ります。
  • 指先で触れるようなビジネス感覚を養いたい
  • 営業力を身につけたい
  • 個人で稼ぐ力を養いたい
  • 個人の名前で勝負したい
  • 目に見て残る仕事をしたい
  • 雇われるより、雇いたい

このような価値観を持った上で企業を選びましたので、大企業からの卒業に関して後悔はありませんでした。

今経営する「建設業」は祖父の代から続く会社です。そして歴史としては70年以上の業歴があります。色々とプレッシャーなどもあったり、、、建設というのは、「何かを作ったり、綺麗に修繕」したり。こういう目に見える仕事故、自分なりのアウトプットが求められますが望んだ環境ですので、日々成長を感じながら取り組んでおります。 

15 COMMENTS

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。